浴室設計④では、各社から発売されている施設向けの個浴槽についてお話をしました。
その選択には大変悩みました。浴槽の選択は施設のケアの在り方を大きく左右するといっても過言ではありません。
【ユニットケアの理念と要介護度】
先ず考えないといけないことは、生活される方の要介護度をどう考えるかです。
行政の定める特養入所指針に基づくと、要介護度4~5の方が優先的に入所ということになります。そうなると、個浴ではなく特殊機械浴槽が最も適するのかもしれません。
ユニットケアの理念は『一人一人の生活習慣や好みを尊重し今までの暮らしの継続が継続できるようサポートすること』とされています。

逆に言えば、これまでの生活習慣や好みなどしっかりと持たれており、これまで何とか自立してきた居宅での暮らしを、仮に施設に入居(住み替え)したとしても変わることなく継続して過ごしたいというニーズに応えるという事だと思います。
この様なニーズをお持ちのお年寄りの方を想像してみてください。
頭の中に浮かんでくるのは、どちらかと言えば比較的軽度の方ではないでしょうか?
実際に新宮市で施設入所を申し込まれている方は、要介護度4~5以外の方のほうが圧倒的に多いのです。現在の入所指針ではこれらの方々には入所の機会が極めて少ないと言えます。

そこで黒潮園の中期事業計画に
『地域を支える福祉システムの構築』を掲げ、今後なお一層問題となってくる老夫婦世帯や独居高齢者世帯の増加に対して、個室でプライバシーが保たれ個々の生活が継続できるユニットケア施設『クレール高森』を計画したのです。
すべてのニーズを満たす施設ケアというのは大変無理があります。浴室設計においても、重度介護者まで想定すると、確かに「備えあれば患いなし」というように特殊機械浴槽があれば問題ないでしょう。しかし、居宅で個浴槽での入浴を楽しまれてきた方にとっては、本当に望まれる生活と言えるでしょうか?とても違和感を感じられることでしょう。
【浴槽の選択】
私はユニットケアの理念から、基本的にはユニットケア施設が重度な要介護者のニーズに対応するもとは思っていません。
そこでクレール高森では中等度(要介護度3)の要介護者のADL(日常生活動作)、身体能力を想定した設計をしています。私たちの強みは既存の従来型特養黒潮園が隣接していることです。それぞれの施設体制の強みをもって相互支援ができ、完全な寝たきりの状態となられても特殊機械浴槽の設置された黒潮園でケアを行うことができるのです。
ユニットケアでの入浴は基本、お一人づつ、一人のスタッフが介助するマンツーマンケアとなります。ですからご利用者さまの負担だけではなく、介護職員も安全に介助できるかがポイントとなってきます。

そういった点から前回紹介した酒井医療のパンジー、OG技研のボランテともに要介護度3前後の車いす移動が中心となる高齢者には大変使いやすい浴槽です。
浴槽をまたぐ動作を不要とすることで、車いすとベッドの移乗介助と同じような介助で、浴槽に移乗するだけで湯船につかることが出来ます。これは特別な介護技術を必要としないため、経験の少ない介護職員でも安心して、マンツーマン介助が出来るでしょう。またこの機能は浴室の床を掘り下げる必要がなく施工も容易とします。
ここでもう一つ、クレール高森の設計で大切にしている点は「暮らしの継続」です。これまでのクレール日記につづってきましたが、「施設」ではなく「住まい」という視点からの設計です。

酒井医療のパンジーは「入浴装置らしくない普通のお風呂をつくろう」と当時、前代未聞のテーマにその実現に向け検討を重ね開発されたものです。
しかし、この画期的なパンジーもボランテも、クレール高森の「住まいの設計」という設えの中では、どうして入浴装置らしく見えてしまいます。そこだけが唯一の難点でした。
職員からは「出来るだけ家庭的なお風呂に入っていただきたい」という声が多くあります。東京の施設でユニットケアに携わった経験のある職員(度々登場する東介護職員)も「特殊な浴槽でなくても個浴への入浴介助はできる」という意見でした。
そこで最終的には、より家庭的なお風呂に近いデザインでありながら、様々な介護への工夫がされたメトスの個粋を選択を決断しました。

個粋はボックスに介助用リフトが収納されています。一見するとその存在が気づかないデザインが魅力的です。また浴槽とリフト収納ボックスは別々の構造となっているため、浴槽だけを設置しておいて、将来必要となれば簡単な工事でリフトを追加設置することが出来ます。このように入居者の状況に合わせた幅広い将来対応が可能となります。
実際に2回ほど、施設に実物を持ってきてもらい使い勝手の検証もしました。
【重度化対応への工夫】
ほとんどのケースでスタッフの介護技術で個浴槽への入浴介助ができると言われていますが、やはり万全とは言えません。そこで4つのユニットのうち、個粋シリーズのリフト付き浴槽を1つのユニットに設置し、他3ユニットを個浴槽のみの設置としました。
個浴槽のみの3ユニットともに、排水や床の構造は将来的にリフトを追加設置できるよう設計しています。
この浴室設計の最大の特徴は、完成時にリフト付き浴槽を設置する南棟浴室の設計です。
他のユニットの入居者さまが、どうしても個浴槽での入浴が難しいという場合に、この南棟1階リフト付き浴槽を活用できるよう工夫したのです。

エレベーターに近いところに浴室を設け、ユニット玄関ではなく壁面を開閉可能な構造とした裏導線から浴室に入ることが出来るよう設計しました。
また、他のユニットの浴室より広く設計されています。これは車いすではなくストレッチャーでの入浴介助に必要な寸法を計算しているのです。また数十年後の状況など極度の重度化も想定し、最終的にこのリフト付き浴槽を撤去し、特殊寝台浴槽を設置できるかも計算して設計います。
今回は個浴槽の選択についてお話しました。このように浴室の設計は入居者さまの介護度や望まれる生活スタイル、そして介護方法や職員の作業性などあらゆる面から焦点をしぼっていく必要があり大変悩ましいものです。次回、
浴室設計⑥では具体的なレイアウトや寸法の検証についてお話をしたいと思います。