先日の介護力向上講習会和歌山分校にておむつゼロを達成し、その取り組みをプレゼンテーションさせて頂きました、その内容の一部をご紹介させて頂きたいと思います。
参照記事:介護力向上講習会和歌山分校 最終回『おむつゼロ表彰』
http://kuroshioen.exblog.jp/25023471/
施設の概要をご紹介させて頂きました。
この新施設『クレール高森』開設に向け、新たに作り上げる『ユニットケア』について、ユニットリーダ研修を受講してきた職員を中心に、ユニットケア推進委員会を立ち上げ、現場職員主導で開設準備に取り組んできた経緯を説明させて頂きました。
そこで、ポイントとなるのは『24時間シート』の導入です。
この『24時間シート』を活用し、施設の業務の時間軸でケアをするのではなく、起床、食事などそれぞれご本人の希望の時間に合わせて支援させて頂いています。
にユニットケアでは、暮らしの継続を理念とし個々の生活リズムに合わせたケアを取り組みます。
『暮らし』=おむつ?では、私たちの目指すユニットケアとは言えません。当然、クレール高森では開設とともに『おむつゼロ』を達成したいという目標を立てていました。
そこで、最も大切なことは施設全体として、統一した考え方をもって取り組むことです。
自立支援のケアに取り組むには情報の共有と、チームケア、他職種との連携が不可欠です。その体制づくりについて解説させて頂きました。
おむつ外しのケアを行うにあたり、私たちが現場で使用している記録シートをご紹介させて頂き、具体的にどのように、排便リズムを把握するアセスメントを行なっているのか、そして排泄自立に向けたケアを実践しているのか解説させて頂きました。
そして今年度、介護力向上講習会和歌山分校に参加しました。
4月から新規入居者を受け入れ開始しましたが、新たなご入居居者は順調に、おトイレでの排泄自立が進みました。
しかしこの1年を通じて、どうしてもお一人の方の排便コントロールが難しい方がおられ、おむつゼロは達成できませんでした。何とか改善できないか、諦めず、職員みんなでカンファレンスを重ね…最後の最後におトイレでの排泄が成功に至り、このおむつゼロが達成できたのです。
その排泄自立が最も難しかった事例への取り組みをご紹介させて頂きました。
高齢者専用住宅で入居されていたが、看護師が常時不在の為、医師の勧めでクレール高森に入居となりました。御家族さんは今まで慣れ親しんだ高齢者専用住宅から転居する事は、あまり乗り気ではありませんでした。元々前施設では、夫婦で入居されていて先に旦那さんが亡くなられてています。
食事はクレールへ入居される2週間前から止められており、経口摂取されていませんでした。理由として開口しない、口の中に食事が入っても咀嚼、嚥下しないという事でした。
入居当初は点滴のみという状態でした。それまではたくさんの薬を服用されていたんですが、もう看取りという事で、入所時は薬はいっさい服用していません。
Sさまはご覧のように常に目を閉じられており、声かけに対する応答は得られませんでした。
入所の目的は「看取り」ということでしたが、私たちはこれまでの経験から、直感的なものですが「自立支援」の可能性を感じていました。
覚醒が低ければ食事は食べることができない。覚醒が低い原因は何なのか、生活歴や入所の経緯から推測をする必要があります。
社長婦人で人生を歩まれた品のあるSさま。旦那様に先立たれ気力を失ったのかもしれません。92歳と言う年齢もあり、飲食の気力も失ったのかもしれません。
なんとなく、その背景には自身の気持ちを閉ざしているようにも見えたのです。
そういった背景で十分な水分ケアや食事の支援が難しかったのだとしたら…?という事です。
こういったアセスメントを行い、私たちは「看取り」のケアプランではなく、再び経口摂取が実現できるよう「自立支援」にチャレンジすることにしたのです。
経口から食事を摂ってもらう為に、何より覚醒して頂くという事が重要となります。
先ず
①脱水の改善への取り組みです。
入居前、高齢者住宅での点滴は1日500ccでしたが、これでは十分とは言えないため、クレールに入居してすぐに、医師に倍の1000ccの点滴を集中的に施行していただく事をお願いしました。
覚醒がとにかく低い状態でして、経口からの水分がゼロですから、完全な脱水状態です。残念ながら介護職によるケアでは手の打ちようがなく、改善は期待できません。
点滴で水分を上げた結果はすぐに出て、開眼される、声掛けにうなづくなど効果は出てきました。
点滴から1000ccと水分が身体に入り、覚醒水準が上がってきたので、次に経口からの栄養摂取への取り組みを始めました。どの食事形態がいいのか?ケアカンファレンスで話し合いを行いました。一歩目として、体力をつける為に栄養価の高い物、嚥下しやすい物として、何がいいのかを悩みました。
ご家族の情報からは、お元気な頃はゼリーやシャーベットなど甘く、さっぱりしたものが好きだったということです。そこでシャーベット状に凍らした高エネルギー飲料を提供しました。凍らす事で冷刺激により嚥下運動を促せる作用が期待できます。始めた当初から想像以上に嚥下運動もよく、ムセもありませんでした。しかし持久力に乏しく1個125ccの半量程で、口の中に溜め込み、中止するという状態でした。
次に重要なことは
②注意力の向上に向けた取り組みです。
精神機能の向上には、先ず暮らしの環境への配慮が重要と考えます。そこで早期からリビングで椅子に座り直してから食事を摂って頂けるように支援しました。そしてユニットケアのメリットである顔なじみの職員が継続して関わることにより、徐々に開眼されることが見られるようになり、声かけへの応答が少しづつですが得られるようになりました。
覚醒レベルの改善が見られてくると共に、すぐに常食での食事の評価を行いました。STに見て頂きアセスメントした結果、機能的には嚥下状態に問題ないということで、写真にあるように、Sさんの好きなチラシ寿司なら、食べて頂けるのではと思い提供を試みてみました。
その結果、口に溜め込み、咀嚼も嚥下も見られず、機能面と実際の食事としての実用性が一致せず、食事形態の選択と栄養と量の確保が思うように進みませんでした。
このように常食への移行が難しく、結局は唯一ご本人が好まれる凍らした高エネルギー補給飲料をしばらく提供することになりました。そして、常食で得られる食物繊維を補うために、水溶性食物繊維「サンファイバー」を6月より開始しています。
表の食事の欄にあるように、ようやく3ヶ月後からゼリー食へと食事形態を上げることが出来ました。しかし、全量摂取は難しく、食事摂取量は日によるムラが大きい上に、食事時間も40分以上かかり、ユニット職員はその間マンツーマンできめ細かい支援を行なってきました。
その後、徐々に咀嚼、送り込みの改善が見られるようになり11月から粥、刻み食を食べることが出来るようになっています。
水分量摂取量に関してですが、表の5月の月平均は点滴による補液も含まれています。水分摂取量も日によるムラが大きく、カンファレンスで飲み物の種類、タイミング、ポジションなど試行錯誤しつつ取り組んできました。ようやく11月、12月で800~900mlと安定してきましたが、現状からは1000以上の摂取は難しいと判断しています。
しかし、食事形態の変化と食事摂取量の改善から、飲水と合わせた体内への全体的な水分摂取量は経過と共に上がっていると言えます。点滴が止まった6月の時点では、身体に入る水分量が一旦減り、覚醒状態が落ちる様子が目に見て分かりました。
排便の方は表にあるように、毎日、泥状便が数回パットに出ている状況が続き、排泄パターンの把握とコントリールが極めて難しく、ポーターブルトイレでの排便の成功はなかなか得られませんでした。
そんな状況の中。12月に排便失敗回数が0となり、おむつゼロを達成したのです。
このようにおむつゼロを達成において、最後の最後まで難行した事例のSさまですが、どのようにして、おむつゼロに至ったのか、そのアプローチについて説明をさせて頂きました。
1.排便リズムが把握できない事例への対応
大体の方は生活チェック表などの帳票からアセスメントする事で排便リズムが把握できトイレ誘導、ポーター介助で座位排便成功となる例が多いです。
今回、Sさまの事例では下剤、その他の薬も何も服用していないのにもかかわらず、排便リズムの把握は出来ませんでした。毎日、何度も泥状便状の排便がある。こういったケースではポーターに座ってもらう回数を増やし、排便を拾っていく方法が効果的なアプローチであると考えられます。
2.バルーンを留置している方への腹圧
長期間の寝たきりの方の場合、腹圧がかけられないため、職員が腹圧介助をすることがあります。しかし、Sさまはバルーンをしている事から、職員から腹圧をかけるのが怖いという意見があり、実際腹圧はかけていない状態でした。
この事から、この議題を介護向上サービス員会に議題として上げ、他職種と話し合った結果、下腹部を強く押さえなければ問題ないという結論にいたり、腹圧をある程度かけて座位排便してもらう事になりました。
3.食物繊維
泥状便が続いている事から、腸内環境を整えたいと考え、おむつゼロ施設で良く使われている「サンファイバー」を使用しました。最終的には1日45gまで増量しています。
4.食事形態の変更
11月、ゼリー食を咀嚼して食事している事から、お粥、刻みに食事形態を上げました。粥、刻み食に変更してから、便状が今まで泥状便だった物が、良便に変化していきました。
やはり、食事形態と便状には大きな関連性があるように思います。
5.職員の観点をまとめるケアカンファレンス
毎週、ケアカンファレンスでSさまの排便の経過を追っていき、どうやったら座位排便を成功できるか、その課題を繰り返し議論を重ね、経過を追って実践することをとにかく継続しました。そこで職員の観点を尊重し、チームアプローチの質を上げる事が、この排便の成功に繋がったものと思います。
この写真は地域の幼稚園の慰問の時のものです。
可愛らしい園児とのふれあいの中で、普段の生活では発話がほとんど無かったSさまですが、初めて自ら声をかけられる様子が見られました。
この小さな発見でしたが、入所時の様子とここまでの道のりを思い返し、ここまでの回復に職員同士で嬉しさが湧き上がり、しばらくユニットで話題になっていました。
本当に嬉しかったですね。
一方で、トイレ誘導、ポーター介助の回数が増えていくにつれ職員から「そんなに寝たきりの人を座らせてかわいそうに思える」という声も実際ありました。
何の為に、トイレでの排便を目指しているのか、まず自分に置き換えて、毎日、パットに排便してしまうのは気持ちいいですか?ユニット理念でもある暮らしの継続と考えると、元気だった頃、家ではトイレで排便していなかったですか?どんな状態であれご入居者はトイレで排便したいと思っていると思います。
かわいそうだからトイレに座らせないというのは逆にその人の尊厳を無視してる事だと思います。
そういった、疑問を持つ職員には、この取り組みにはニーズがあり、それに僕達職員は答えていくという説明をさせて頂いています。このSさまも排便成功した事を、御家族に報告すると大変喜ばれていました。Sさまは前施設でも何年間もの間パットに排便する生活を送ってきました。
入居当初は御家族は慣れ親しんだ前の施設で、最後を看取りたいという思いがあったと思います。別にクレールに入居しなくてもいいという考え方でした。入居して少しずつ、元気になっていくSさま姿を見て、徐々に信頼されるようになり、今では御家族から本当に感謝されています。僕達が行っている「自立支援」は間違っていない事を再認識出来ました。
日頃は目を閉じて、お話しをされることは殆どありませんが・・・ 静かに過ごされ品のある方です。
Sさまのお部屋です。
このように、お部屋ではご家族にお持ち頂いた馴染みの家具と、好きなお花に囲まれ静かに過ごされています。
普段は目を閉じておられますが… テレビの音が遠く聞こえているものと思います。
ここクレール高森には『その人らしい暮らし』があるように思います。
これは、クレール高森でお誕生日を迎えられたSさまに、職員からプレゼントさせて頂いた『寄せ書き』です。お部屋に飾られています。
ご家族はもう、誕生日を迎えることはできないと思っていたと話されていました。
このように92歳で食事を食べられなくなり… 終末期を迎えられたと判断された方が、普通に食事を食べられるまでに回復されたことは、ご家族や医師の考えを遥かに超えた、想像もできないものでした。
しかし私たちはこれまでの経験から回復の可能性を感じ、かなりハードルが高いことを承知でチャレンジしました。入居時には医師とは違った私たちの見解に、ご家族の少し困惑する表情が印象的でした。今ではそれまで以上にご家族の信頼を頂いていることは言うまでもありません。そしてこの取り組み私たちの大きな自信にもなりました。
『暮らし』の継続を理念としたユニットケアですが、今後も幅広い視点からご入居者の『その人らしい暮らし』を考え、支援をしていきたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。以上です。